スノーシューで歩いた平庭高原
安代町 万澤 安央
この冬あれだけ積もった雪が春先から続いた異常気温の影響でどんどん解けて、スノーシューハイク実施の前日に心配しながら見に行ったのだが、さすがは平庭高原、会場となる森の中の雪は東斜面のおかげでまだしっかり残っていたのでやれやれと一安心。
さて、翌3月17日、大挙30名が参加した記念すべき第一回の平庭高原スノーシューハイク。キャンプ場わきの道路で参加者たちは初めてのスノーシューをはき、いざ森の中へ。
当日はあいにくの空模様で雨がぱらつき、気温も高いのでところどころ雪のぬかるみ状態。例年のこの時期には決してこんなことはないのだが、こんな状態だと歩き心地に爽快さが感じられないので、ガイドの私としては、初めての人々にスノーシューの魅力が十分伝わらず、じつに残念なコンディションだ。だが、和かんじきと違って、歩き方にも特別なコツはなにもいらないので、50メートルも歩くと普通に歩けることに皆さん自信をもったようす。
そのことは別としても、スノーシューのよい点は、だれもが自分の体力や気分に応じたペースで歩くことができる点である。
しかし、いきなり多人数で歩き始めたのではどうしても自分のペースがつかみにくい。そこでキャンプ場広場の中で、全員に目をつぶって歩いてもらう。そして自分にとって快適な歩幅や速度を、自分の体に聞いてみるのだ。すると脈拍や呼吸がそれに答えて、ちょうど心地よいペースが自然にわかるのである。目をつぶることで気持ちが自分の内面に向くから、自分の体に聞いたその答えもつかみやすい。日頃は問答無用で体を痛めつけることの多い人も、こうして人体の巧妙な仕組みを実感すると、素直に感謝の気持ちがわいてくるというわけである。
ちなみに、スノーシューでは両手にストックを持っているので、目をつぶってバランスを崩しても転ぶことはまずない。万一転んでも雪の上だからけがの心配もない。ただひとつだけできないのが、あとずさりである。スノーシューの構造上、あとずさりすると後端が雪に突き刺さるからだ。これだけはしないでねとはじめに注意しておいたのだが、それを忘れた参加者の一人がものの見事に転んで笑っていた。
平庭高原には、面積は大きくないものの伐採せずに残しておいたミズナラやブナの大木がところどころにあるので、林ではなく森という雰囲気が立派に残っている点が魅力である。
みなそれぞれのペースで歩いていると、突然、右手から美しい茶色の動物が左手の山の方に走りだした。テンである。
「テンだ!みんな見て!」と大声で知らせると、ほとんどの参加者がそれを見て驚嘆している。見る間に遠ざかって姿を消したその逃げ道に、テンテンとテンの足跡…まさに打ち合わせどおりである(ウソ!)。テンの足跡はウサギとちょっと似ているが、鋭いツメのあとがあり、足の形もすこし丸い。目の前を走りぬけた動物の足跡を眺めて皆さん満足そうである。
スノーシューの驚異的な登坂性能に助けられながら、急斜面のある森を上りきって山頂の富士見高原に出る。このばあい富士とは南部富士、つまり岩手山のことである。
天気のよい日は岩手山、姫神山が遠望でき実にすがすがしい。当然、風当たりは非常に強いので、1月に下見にきたときは風の芸術である風紋や、美しい立体的な造形が見られ、寒い思いをしてでも見に来る価値が十分にあるぞ、とガイド役の私としては密かに宝を発見したような気分でいた。が、この日の草原は雪がすっかりとけてしまい、一部には枯れた野芝が露出していて、雨雲におおわれた空の下に、遠くの山が見えるはずもなくちょっぴり残念であったが、しょせん人間の目論みなど異常気象の前には無力である…。
" それから""こだまのお告げ""で行動する(?)森林官である中野さん率いる参加者の皆さんは、森の中をすこし遠回りしてブナの大木などを見て大満足で戻り、最後にフォートナムメイソンのミルクティーを飲んでこの日のスノーシューハイクをしめくくった。"
所要時間約2時間、皆さんの顔が輝いていたのが印象的だった。
さて、それから4日後の3月21日春分の日にも、参加者8名で第2回目のスノーシューハイクが行われた。こんどは適正人数なので、グループの雰囲気もいっそうなごやかである。
この日は前回のメニューにくわえ、自分の好きな大木に背中をつけて気をもらう実習をした。
やり方としては直径40センチ以上の大木がいくつもある場所に参加者をあつめ、まわりをながめてまわして自分がそばに行きたいと思う大木を選んでもらう。(その木が呼んでいるから)そして背中を幹につけ約5分間、(本当はもっと長いほうがいい)目をつぶって静かな心もちで何も考えない。しばらくすると深呼吸が自然とでき、じつに爽快な気分になる。
実際、参加者の皆さんは「ずーっとこうしていたいほど気持ちがいい」と感想を述べていた。木の種類が多い森では、たとえばブナの木は落ち着きと自信、カバの木は優しさ、調和をくれるというぐあいに、自分に足りないものを埋め合わせてくれる木を選ぶと良いのである。
森の国ドイツ、となりのフランスでは、森に入ったらこういう方法で森の気を持ち帰ることがいまや密かなブームになっており、立派な本も出ている。森の中に入ったときの楽しみ方はいろいろあるが、山菜やキノコなどの獲物を持って帰ること以外にも、こんな収穫をもって帰ることもできるのだという点が、これからだんだんに知られることになるだろう。そのことが、あらためて自然界の営みの偉大さに感謝と尊敬の念を抱かせるにちがいない。
ともあれ、いままでだれも足を踏み入れることのなかった冬の平庭高原の森で新しい体験ができるようになったことは、森を愛する人々にとってこのうえなく有意義だった。つぎの雪の季節がいまから楽しみである。
最後に中野さんをはじめ、参加されたこだまの駅会員の皆さん、おつかれさまでした。(おわり)